北九州カネミ倉庫前にて

Yu-u22012-02-25


第499回 カネミ門前坐り込み
 主催: カネミ油症を告発する会
 日時: 2012年02月25日(土) 07:00−19:00
 場所: カネミ倉庫・正門前

 「カネミ油症を告発する会」のカネミ倉庫本社前での座り込みが、500回を最後として終了するという話を聞いたのは、去年のことだった。一度訪れたことがあったのだが、どうしても再度訪れたいと思い、幸い、臨時アルバイトもあって交通費を捻出できそうだったので、訪れることに。ただ、最後ではなく、499回目であったのだけれど。

 前日、薩摩川内での集会に参加、そのまま宿泊し、翌朝にふたたび車に便乗させてもらい、北九州への約300キロの旅。カネミ倉庫前の座り込みテントに到着したのは、午後3時ごろ。そしてほんの短い時間だったけれど、終了時間まで滞在させていただくことになった。

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 「カネミ油症」とは、カネミ倉庫が製造・販売したライス・オイル(米ぬかの食用油)によって起された食品の公害事件だ。問題化されたのは、1968年10月。ちょうどわたしが生まれた年である。とにかく、全身に症状が見出されるケースが多かったようで、1万4,000人以上の被害届が出されたという。当初、患者の認定基準の問題で、その一割強くらいしか認定されなかったという。(ネットで探してみたら、詳細はここにあった。)

 「カネミ油症を告発する会」が結成されたのは、1970年5月。そしてカネミ倉庫本社前での座り込みがはじまった。後に月1回の開催となり、2012年3月に終了する。その出発点や経緯など、詳細は、代表の犬養光博さんのご著書などにも詳しいが、『朝日新聞』(福岡版/2011年4月6日)に掲載された記事「社会矛盾と格闘46年」(魚拓サイトはここ)に、犬養さんが筑豊へ、そしてカネミ油症という公害問題に取り組んでいった経緯が記されている。

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 犬養さんは、座り込みの日にカネミ倉庫の周囲を何周か歩く。今回は、一緒に歩いている人たちが若干名。前回もそうだったのだけれど、それはとても繊細な大事な時間に思えて、わたしはついていきたくとも、ついていくことができなかった。何十年もその抗議を続けている人が歩く時間に、ぽっとやってきたような者が何かを共有することなんておこがましいと思ったからだった。同時に、わたしにとっては、それはここで何が問われているのかを考える時間でもある。それは、犬養さん自身が、この抗議行動を「問われる」ことからはじめたという経緯を以前にもうかがったことがあるからだ。

 この日のチラシに記されていたこと。

 「無関心が公害殺人の加担者である」というのが、ぼくが紙野柳蔵さんから突きつけられた告発だった。以来、ずっと「人は何故無関心でおられるのか」「その無関心からどうしたら脱却できるのか」がぼくの課題だった。

 出来事に近づいていくことができるのは、「ぼくの側に『共鳴板』が出来ていたのではなかった」と、犬養光博さんは述べている。そこに引用されているのは、ボンヘッファーのつぎの言葉である。

キリスト者を行為へ、また共に苦しむことへと呼び出すのは、まず自分自身の体における体験ではなく、キリストがそのために苦難を受けられたところの兄弟たちの体における体験なのである。

 犬養さんは、「キリストがそのために苦難を受けられた兄弟たち」の部分、「それが一番根本的な出来事だと思う」という。

 それをわたしなりに解釈すればこういうことなのか、とも思う。――人と人とが出会っていくときに、簡単に「共鳴板」のようなものが生まれるわけではない。むしろ、共鳴板をもちうることが不可能な出来事のなかに、それを自覚するプロセスのなかに他者との出会いがある。簡単に共鳴できないからこそ、問いが立てられていく。
 事柄に出会うとき、共鳴したかのような感覚をもったり、そう解釈したりしたほうがおそらくいくらか楽ではある。しかし、安易にこたえを出そうとすることを疑ってみることのなかで、生み出される思考もあるのではないか。…そんなことをあらためて考えさせられた時間だった。

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 犬養光博さんや、香月さん、素子さんたちがつくってきたその空間は、不思議な空間である。じつのところ、カネミ油症については、直接に語られることは、その場ではほとんどない。いや、ちゃんとたずねないのが良くなかったのかもしれないけれど。

 前回訪れた際(2007年1月)には、香月さんを中心に、拙著(『「レズビアン」という生き方』新教出版社、2006年)の書評会になった。香月さんがたくさんの質問とコメントを用意してくれていたのだ。
 そして、今回は、その話の続き(わたしなりにまとめてしまえば、LGBTの人権と科学的言説の援用もしくはそれへの抵抗)や、スリランカにずっとつながりのあるMKさん(はじめてお話させていただいたのだが)に、紅茶農園や現在の情勢などについてお話をうかがったこと、近々、大分から東北のほうへ引っ越されるMYさんの近況やこれからのことをうかがったこと。

 結局、そうやって、いろんな人たちがそれぞれの話を分かちあう場としても、このカネミ前座り込みのテントは、育まれてきたのだということなのだと思う。「それぞれの課題は異なっていても、その命脈は、たぶん、つながっている」という、犬養光博さんの言葉。その命脈を掘り下げていく場として、ある、のかもしれない。

 ということで、ここでもお世話になったみなさん、どうもありがとうございました。

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↑ カネミ正門。


↑ 座り込みの横断幕。「ラザロの如く坐りたい!(ルカ16:19−22)」。


↑ 犬養素子さんお手製のおでん。おいしかった〜。からだもぽかぽかになりました。ごちそうさまでした。

[写真追加:2012.03.08]




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